自分の音を聴くということ
もう30年以上前のことになりますが、私がレコード会社に転職して間もない頃、CDデビューを手がけたアーティストにピアニストの田部京子さんがいます。
田部さんと話していて、今でも印象に残っていることがあります。
彼女はごく普通のご家庭に育ったのですが、住んでいた団地でたまたま別の部屋から聞こえてきたピアノの音に魅了され、「どうしてもやりたい」と言ってピアノを始めたそうです。もともと才能があったようでどんどん上手くなり、小学生のときに、当時活躍されていたピアニストの田中希代子先生に見ていただくようになったそうです。
その時にまず言われたのが、「とにかく自分の音をしっかり聴きなさい」ということだったそうで、それが一つの転機になったとおっしゃっていました。
その言葉は、私にとっても非常に印象的でした。
それは音楽だけでなく、すべてに言えることだと思うのですが、自分が出している音、あるいは書いた文章、描いた絵、なんでも、それが「自分が表現したいものになっているか」というのは、自分でしか判断できないということです。
これには2つの意味があります。
1つは、自分でそれを判断できる「耳」がなければ、自分の表現はそれ以上にはならないということ。
もう1つは、表現したいものがはっきりしていてこそ、磨いた技術が本当に身になるということです。
もちろん基本というのはあるので、地道な指の練習のような基礎練習は大切だと思います。けれど結局、その一つ一つの音が出せているか、このフレーズはちゃんとつながっているか、そういうことを判断するのは、最終的には自分自身なのです。
その後、様々な楽器のトップアーティストと仕事をさせていただく中で、やはり皆さん共通して「自分の音を聴くこと」を大切にしておられるということにも、改めて気づきました。
これは指揮者のバッティストーニが言っていたことですが、自分はレコーディングという仕事がとても好きだ、と。
それは単に演奏を残して色々な人に聴いてもらえる、演奏会に来られなかった人たちにも聴いてもらえるということもあるけれども、もう一つ、自分の演奏を客観的にいい音でしっかり繰り返し聴くことができる。それによって自分がやりたかったことがどれだけ効果的に表現されているかを振り返ることができ、それが指揮者としてさらに音楽を深めることに役立っている、ということでした。
どんな仕事でも同じで、本来、自分の作ったものに対して一番厳しい先生は自分なのだと思います。
周りが評価してくれても、自分では「ああ、ここだけはちょっと足りなかったな」なんていうことがよくありますよね。もちろん未熟なうちは、自分が気がつかなかった点を他の人が指摘してくれることはたくさんありますが、最終的に自分が本当に表現したいものを分かっているのは自分です。
そういう自分の中の厳しい先生を育てていくこと。それが本当に大切だと思います。
少し話が大げさになってしまいましたが、私がこの音楽教室を作るときに大切にしたかったのも、その点です。
多くの音楽教室では、個人レッスンに関してはどうしても狭い防音室のようなところで、グランドピアノであっても小さなサイズのものが置かれていることがほとんどです。そういう環境では、やはり練習も「指が回る」という技術面が中心になってしまい、自分の音をいい状態で聴くことができません。これはピアノだけではなく、弦楽器や管楽器でも同じことです。
ピアノであれば、自分が弾いたタッチを正確に伝えてくれる良い楽器、そして、音がちゃんと響く広さがあり、適度な残響を作り出すような造りの壁など、すべてが相まって、自分の音をしっかり聴くことができる環境になります。
「とにかく自分の音をしっかり聴きなさい」
これを実践できる教室でなければ、理想の音楽教室ではないと思ったのです。
きちんと弾けるようになることは、もちろん大切です。けれど、その先にあるのは、自分の音を自分の耳で確かめながら、自分の表現を探していく時間です。それは子どもでも大人でも、始めたばかりでも何十年続けていても、変わらないのではないでしょうか。そしてそれが、楽器を弾く最大の喜びなのではないかと思います。
そのための楽器と部屋、そしてそれを伝えてくれる講師がいる場所であればと思っています。