大人になってから楽器を始めるということ
前回、ピアニストの田部京子さんが、小学生のときに先生から言われたという、「とにかく自分の音をしっかり聴きなさい」という言葉をご紹介しましたが、実は私自身、いま同じことを自分に言い聞かせています。
今年の4月から、この教室でサックスを習い始めたんです。
大学の時に吹奏楽部にいたのですが(中高はバスケットボールをやっていたので、大学の4年間だけです)、卒業したのが1986年ですから、ブランクはなんと40年になります。
199年にコロムビアへ転職してから、ずっと仕事として音楽に関わってきました。
「演奏しないんですか」と聞かれることは結構ありましたが、周りは超一流のアーティストばかりですし、仕事も忙しく、何より素晴らしい演奏をどんな企画で世の中に届けるかで頭がいっぱいで、自分で演奏する方には気持ちが向かなかったのです。
でも還暦を超えて、以前より少しは時間の余裕ができて、今後の自分の楽しみのために改めて楽器をやりたいなという気持ちになってきました。
音楽教室の経営もしていて、実際習っている方々の気持ちをリアルに感じたいというのもありました。
始めてみて、まず思い知ったのは、そうなるだろうなと覚悟はしていたものの、やはり理想とする音楽と、自分ができることの間の大きなギャップでした。
プロデューサーとして、素晴らしい演奏をたくさん聴いてきて、またレコーディングの現場では「もうちょっとこう…」などと偉そうなことも言って、耳だけは相当肥えてしまっています。
このフレーズはどう歌えばいいのか、頭の中ではちゃんと鳴っているのですが、いざ吹こうとすると、指がついてこない。脳みそと指先がちゃんと連動していない感じです。
前回、自分の中の一番厳しい先生を育てることが大切だと書きましたが、私の場合、その先生は耳だけが一人前で、身体がまるで追いついていません(笑)。
それに、レッスンの時間を確保すること自体が、大人には簡単ではありません。
それでも半年経って、最近、少しずつですが、いい音が出るようになってきました。
思うようにメロディーが吹けた、と感じる瞬間も増えてきました。
たったそれだけのことが、驚くほど嬉しいのです。
先生によく言われるのは、たとえば8分音符や曲によっては16分音符をしっかり感じること、です。
長い音を吹いているときでも、その中に細かい拍が流れているのを感じていると、音楽が前に進んでいきます。これは頭で理解するというより、身体で感じるものなのだと思います。
演奏家としての経験も豊富な先生は、一人で吹いているだけでは気がつかなかったことを、的確に指摘してくださるので、毎回のレッスンが楽しみです。
週に一度、誰かに自分の音を聴いてもらう時間があることは、大人にとってとても大きいのではないでしょうか。
仕事では、AIをかなり使っています。というより、使わない日はないと言っていいくらいです。昔なら何時間もかかっていたことが、驚くほど速く片付くようになりました。
その一方で、自分の手と身体を使って何かをする時間が、以前よりずっと大事に感じられるようになりました。
たとえば料理。
我が家は、家にいるときの食事は、基本的に私が作っているのですが、手を動かして作るプロセス自体が、とても楽しく充実感があります。
それから、手で書くこと。
ものを考えるとき、私はパソコンではなく、紙にペンで書きながら考えます。
その方が、頭がよく働くのです。
そして、楽器もそのひとつではないでしょうか。
楽器は、頭と指と耳、管楽器なら口と息まで、全部を同時に使いますし、ほんの少しの加減で音が変わります。
誰かに代わりに吹いてもらうことはできませんし、ごまかしもききません。
そして技術が伴ってくると、その人が考えていることがそのまま音になってくるように思います。
AIが何でも速く片付けてくれる時代だからこそ、こうして時間をかけて自分の手で何かを形にすることが、とても大切に思えます。
大人になってから始めると、上達の速さでは子どもに到底かないませんが、大人だから分かることもあります。
ちょっとしたメロディーやコードの変化に豊かなニュアンスを感じて、それが自分の中の思い出を呼び覚ましてくれたりします。
そうやって手を動かし、楽器を通じて何かを表現し、場合によっては人と一緒に演奏して言葉とは違う形で通じ合ったり。様々な経験を重ねてきた大人だからこそ、音楽を通じたコミュニケーションも豊かになるのだと思います。
音楽家がみんな年を取っても生き生きと元気なのは、そういうところにも秘密があるのかも知れません。
来年の発表会では、他の生徒さんたちとアンサンブルもできたらなと思っています。